「話し合い・討論・議論」の際に自己主張することについて考えてみた

「話し合い・討論・議論」の時の自己主張について

2020.05.17

SNSの一般化に伴い芸能人・著名人・一般人共に同じプラットフォームで自己主張することが出来る様になりました。

ただ、「これは言ったら炎上するかもしれない」意見に対して「少々言い辛い世の中が日本だ」なんて勝手に思っていましたが、SNSが匿名で発言出来る理由から最近では言い辛いことを主張する機会も増えてきました。

ただ、匿名とは言っても空気の読めなと言われそう・反論される可能性が高い主張は、まだまだ発言することに対して臆病になる方も沢山いるとは思いますが・・・

とは言え、自己主張から「話し合い・議論・討論」が始まり、TVやネットで話題になる位の大きな問題になることもあります

TVやネットで社会的な問題になった時に思ったのが、「自己主張することってどんなことか?」「話し合い・議論・討論って正しい方向に向かっているのか?」と考えることがあります。

そんな中、今回は当サイト運営者が思う「自己主張や話し合い・議論・討論について正しい概念」を書いていきたいと思います。

話す側と聞く側が喧嘩腰に前のめりになっていないか?

まず初めにとても当たり前なことを言いますが、「話し合い・議論・討論」するということは、自己主張する側の方がいれば、主張を聞く側の方がいて成り立ちます。

なぜこんな当たり前なことを言ってしまったのか?

主張をする側・主張を聞く側共に正しい方向に向いていない様に感じるからです。

自己主張する方に多いパターンですが、主張する相手がいることを意識せずに自分の主張を話し込む方が多くいるからです・・・

一方、主張を聞く側に多いパターンは、自己主張する方をここぞとばかりに「凹ましてやろう」「お前の主張に反対してやろう」と言った主張する側に噛みつこうと虎視眈々に狙う姿を見かけます・・・

何だか主張から始まる「話し合い・討論・議論」に対してプラスな方へ向かっていなくて、ストレス解消や自分の存在意義を高圧的に示そうと言った喧嘩腰なマイナス状態が今の自己主張から生まれていう様に感じるのです・・・

「冷静なフリ」「正論で相手を押さえつける」が正解ではないと思う

主張を聞いている側の方に感じる嫌な面があります。

冷静な雰囲気を出しながらも主張する人間をバカにした様な顔をした人間間違った主張をした時にここぞとばかりに相手を潰しに正論をかざす人間が多く、嫌な感じに見えます。

主張している人間の話しを「冷静に聞くこと」「間違っていれば反論すること」のは主張を聞いている側にとっては正しいことです。

それなのに、正しいことであるのに、「話し合い・討論・議論」に対して主張を聞いている側が優勢な立場になり過ぎる状態がおかしいのです。

「話し合い・討論・議論」は主張する側の意見が正論であれば主張する側の方が優位に立つことが出来るのに対して、正論でなければ、「間違いを攻撃出来る理由」「聞いてあげたという立場を利用出来る理由」から主張を聞いている側の方が圧倒的優位になります。

自己主張する人間の意見に反対しながらも主張を聞く側の人間の多くは、正論でない言葉を見つけるまでは表面上では冷静を装い、主張する側の人間が正論ではない言葉を発した瞬間ここぞとばかりに反論モードへと入ります。

「主張する側」と「主張を聞いている側」の立場が逆となり、正論でない言葉に対して重しをのせるかの如く、正論でぶつけてきます。

主張する側の間違った意見を論破する為にするよりも、間違ったことを主張したことに対して主張する人間の感情を逆なでせずに正す行為を、主張を聞く側は持つべきだと思います。

「閉鎖的」「言葉のキャッチボールが出来ない」のが主張者の悪い所

正直、主張する人間に対しても「間違っていないか?」と感じる時もあります・・・

自己主張を反論された際に「話しを聞かない・話しをさせようとしない」「自分の非を認めるフリをして全く反省しない」方は注意した方が良いと思います。

話し合い・討論・議論とは、基本的に相手からの主張に対して反対的な意見をしてくる方が出てくることが多いです。

その為、反対された時、感情的にならない様にするべきです。

自分の主張と主張に賛同してくれる人の言葉しか受け入れない主張する側の方は、反対意見に耳を傾けることで新しい答えが見つかることがあるかもしれません。

自分と反対する主張を聞き入れることで、より自分の主張が正しいことが認識出来る可能性もありますし、自分の主張が間違っていると素直に認識出来る可能性もありますし、新しい意見を吸収出来る可能性もあります。

主張に対して開放的になり、言葉のキャッチボールの出来る人間になるべきだと、主張する側の方は意識してみてはいかがでしょうか?

攻撃的過ぎる世の中を作ったら失うモノゴトは多い

「話し合い・討論・議論」は「主張する側・主張を聞く側」がいることを説明して、それぞれのよろしくないことを書かせて頂きましたが、最後に強く言いたいことがあります。

攻撃的な「話し合い・討論・議論」をしてばかりいると、正しい答えが出辛い世の中になりますし、悪いことをしていても正すことがしづらい世の中になります。

せっかくポジティブな形で新しいモノゴトが出来上がる期待があるかもしれませんし、間違っているモノゴトがこの先ずーっと続いてしまう恐れもあります。

難しいことや言わなければいけないのに言い辛い「話し合い・討論・議論」に対して

「感情的になり主張する人間」「自分が正義であると思い込み過ぎる人間」の一方的な主張する側の人間。

「勉強不足と責める言葉」「必要以上の誹謗中傷な言葉」と主張を聞いている側の人間がする反論。

人は感情的な生き物ですし、知識ある方が論破したくなる的外れな答えが来ることに呆れてしまうことがあると思います。

現代社会は「良い意味・悪い意味」で様々な情報や事件や問題などが溢れかえっています。

その結果、様々な感情や考えや主張や反論に対して間違えてしまうことだってあります。

そんな時、「話し合い・討論・議論」に対して一回深呼吸して、攻撃的な気持ちを捨てて解決することや導いてあげることを最優先にしましょう!!

「話し合い・討論・議論」は争うよりも寄り添って理解し合う気持ちを大切にしていきましょう!!